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役を降りるという選択肢——これを知っている人ほど、続けられる
このシリーズの最後に、会社の中ではなかなか言えないことを書きます。リーダーの役は、降りてもいい。
会社の研修でこれを正面から扱うのは難しい。「降りていい」と会社が言えば、制度の建て付けが揺れるからです。でもSESOSは会社ではないので、言えます。そしてこれは、辞めることを勧める話ではありません。むしろ逆です。
「降りられない」と思うと、人は壊れ方を選べなくなる
出口のない部屋は、それだけで人を追い詰めます。「この役を降りる=キャリアの終わり」と思い込んでいる人は、つらさが限界を超えたとき、役を降りる代わりに会社ごと辞めるか、心身を壊すか、どちらかになりがちです。実際、SESの現場で「リーダーを外してほしいと言えずに退職した」という話は、珍しくありません。
逆説的ですが、「いつでも降りられる」と知っている人がいちばん長く続きます。出口があると分かっている部屋では、人は落ち着いて仕事ができるからです。
降りる前に、確かめてほしい2つのこと
ただし、つらさの渦中での判断は色眼鏡がかかります。事実と解釈の切り分けを、ここでも使ってください。
① そのつらさは「役の仕様」か、「環境の問題」か。板挟み・嫌われ役・孤独は役に組み込まれた仕様で、どの会社でリーダーをやっても付いてきます。一方、兼務の限界を会社が認めない・管理の成果が一切評価されない——これはその会社の制度の問題で、役そのものの問題ではありません。仕様がつらいのか、環境がつらいのか。降りて解決するのは前者だけです。
② 「向いていない」の判定が早すぎないか。プレイヤーとマネージャーは別競技です。別競技を数ヶ月やって「向いてない」と結論するのは、初めて書いた言語を1週間で「才能がない」と言うのに似ています。3つの罠は全員が通る道で、罠に嵌っていることは適性の欠如ではありません。
それでも——確かめた上で「この役は自分の人生に要らない」なら、それは立派な自分軸の判断です。
降りることは、後退ではない
技術の道に戻る。スペシャリストとして単価を上げる。マネジメントは「経験した」という事実としてスキルシートに残る——一度リーダーをやった人のプレイヤーとしての市場価値は、やる前より高い。チームがどう動くかを内側から見た経験は、現場でそのまま使えるからです。
そして、これがいちばん伝えたいことですが:降りる自由を確認した上で「続ける」と決めた人は、強い。やらされているのではなく、選んでいるからです。私たちが増やしたいのは、我慢するリーダーではなく、この道は自分で選んでいると思えるリーダーです。
いま自分がどちら側にいるか整理したい人は、リーダーの三行の「手放す」の欄に、正直な一行を書いてみてください。役そのものを手放すと書いた人は、それも記録です。誰にも見られません。